金博士始末案件

   金博士始末案件(一)王水険博士《おうすいけんはかせ》を擁立《ようりつ》し、金博士を牽制《けんせい》するとともに、必要に応じて、金博士をおびき出すこと。(二)あらゆる好餌《こうじ》を用意して、某国大使館の始末機関の借用方《しゃくようかた》に成功し、その上にて該機関《がいきかん》を用いて金博士を始末すること。[#ここで字下げ終わり] ここに王水険博士というのは、この程、ソヴェトから帰って来た近代に稀《まれ》なる科学的天才といわれる大学者で、しかも彼は、昔金博士を教えたことがあり、つまり金博士の先生だから、大博士であろうというので、王水険博士の力を借りる計画を樹《た》てたのである。 それからまた、某国大使館の始末機関というのは、この間新聞にも報道されたから御承知でもあろうが、要するに始末機関とは、人間を始末する機関のことであって、普通われわれの目に日常触れる始末機関を例にとるならば、かの火葬炉の如きは、正《まさ》しく始末機関の一つである。 どこをどう遣繰《やりく》ったか、とにかく金博士始末計画がうまく軌道《きどう》にのって動きだしたのは、その年の秋も暮れ、急に寒い北西風が巷《ちまた》を吹きだした頃のことである。 その頃、金博士の許へ、差出人《さしだしにん》の署名のない一通の部厚い書面が届いた。博士が封を切って中を読んでみると、巻紙の上には情緒纏綿《じょうちょてんめん》たる美辞《びじ》が連《つら》なって居り、切《せつ》に貴郎《あなた》のお出《い》でを待つと結んで、最後に大博士王水険|上《じょう》と初めて差出人の名が出て来た。「あらなつかしや王水険大先生!」 と、金博士は俄《にわ》かに容《かたち》を改めて、その風変りな書面を押し戴《いただ》いたことだった。「――ぜひ、わが任地《にんち》に来れ。大きな声ではいえないが、わしも近いうちに、大使館を馘《くび》になるのでのう。わしが飜訳大監《ほんやくたいかん》として威張《いば》っとるうちに、ぜひ来て下されや」

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