不幸な青年たちの祝福を祈りながら

 ワトソンは、青年たちに目礼し、心のうちでこの不幸な青年たちの祝福を祈りながら、船へ帰って来た。そして、その木片を支那語の通辞である広東人《カントンじん》羅森《らしん》に示した。 羅森は次のように訳した。

[#ここから1字下げ] 英雄一|度《たび》その志すところに失敗せば、かの行為は、奸賊《かんぞく》強盗《ごうとう》の行為をもって目せらる。我らは衆人環視のうちに捕えられ縛《いまし》められ、暗獄《あんごく》のうちに幽閉《ゆうへい》せられる。村の長老は、侮蔑をもって我らを遇し、我らを虐待すること甚し。 六十余州を踏破《とうは》するの自由は、我らの志を満足せしむる能わざるが故に、我らは五大洲を周遊せんことを願えり、これ我らが宿昔《しゅくせき》の志願なりき。我らが多年の計策は、一朝にして失敗せり。しかして今や我らは、隘屋《あいおく》のうちに禁錮せられ、飲食、休息、睡眠すべて困難なり。我らは、この囹圄《れいご》より脱する能わず。泣かんか、愚人のごとし。笑わんか、悪漢のごとし。嗚呼《ああ》、我らは黙して已《や》まんのみ。[#ここで字下げ終わり] 提督《ていとく》ペリーをはじめ、先夜の会議に列した人々は、揃ってこの訳文を読んだ。そして、銘々に深い感激を受けずにはおられなかった。「なんという英雄的な、しかも哲学的な安心立命《あんじんりつめい》であろう」 提督は深い溜め息とともにそう呟《つぶや》いた。 不意に、歔欷《きょき》の声が一座をおどろかした。それは、若い副艦長のゲビスであった。 提督は、ゲビスのそばに進みよって、その肩を軽打した。「そうだ。君の感情がいちばん正しかったのだ。君はこれからすぐ上陸してくれたまえ。そして、この不幸な青年たちの生命を救うために、私が持っているすべての権力を用うることを、君にお委せする」 ゲビスは、それをきくと、勇み立って出て行った。 ワトソンは、心の苦痛に堪えないで、自分の船室へ帰って来た。が、そこにもじっとしていることができなかった。彼は、自分の船医として主張した一言が、果して正当であったかどうかを考えずにはおられなかった。彼の心には Scabies が、この高貴にして可憐な青年の志望を犠牲にしなければならないほど恐ろしい伝染病であるかどうかが、疑われてきた。彼は、皮膚病学の泰斗《たいと》がそれについてどういう言説をなしているかを知って、自分の激しく動揺する良心を落ち着けたいと思った。彼は悄然《しょうぜん》として、船の文庫《ライブラリー》の方へ歩いて行った。

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