候補作品

選後に――芥川賞(第二十九回)選後評――岸田國士

 候補作品として私の手許に送り届けられた十篇のうち、特に一篇だけ傑出したといふものはなかつた。安岡章太郎の「悪い仲間」と「陰気な愉しみ」は、いづれも稀にみるすぐれた才能を示した短篇小説だが、これだけとしては出来栄えにやゝ物足りないところがある。この作者の仕事を私は「ガラスの靴」以来注目してゐたので、今期の(本年一月―六月)作品だけを対象とするこの賞の規定に従つて、以上の二篇に授賞してもだいたい間違ひはないと考へた。しかし、この作者は、もつといいものの書けるひとだ。既に有望な新進作家として文壇ジャーナリズムにも遇せられてゐるらしいから、この上は、自重して決定的な傑作を見せてほしい。 次に、「恋文」「喪服」の二篇の作者、庄野潤三の一種の才気と、ちよつと心にくいほどの新鮮な観察とを、私は可なり高く評価する。しつかりと足を地につけて悠々と自分の領域をひらいていくであらうこの作者の将来は非常に楽しみである。 杉森久英の「猿」は、野心的とはいへるが説得力が足りない。 伊藤桂一「黄土の牡丹」は興味本位でありすぎる。 豊田三郎「好きな絵」、真向うからぐんぐん描き込んだといふやうな力感のある佳作だけれども、芥川賞候補としてこの作家はもうあまりに有名だ。 石浜恒夫「らぷそでい・いん・ぶるう」、計画された文体の効果は惜しくも的を外れてゐる。新しくと努力しただけ古く見えるやうな誤算に満ちた作品である。

— posted by id at 03:53 pm  

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