選後に

選後に――芥川賞(第二十二回)選後評――岸田國士

 今度は読みごたへのある作品が多く、だいたい粒がそろつてゐて、たいへん張り合ひがあつた。それだけにまたそのうちに幾篇かは、優劣をきめにくい長所に支へられてゐて、一篇を選びだすのに困難を感じた。 いろいろな文学賞があつて、それぞれ特色のある立場で、ほゞ限られた傾向のもののうちから、一応出来栄えのいいものを推すといふことであれば、このうちのいくつかは、おそらく何々賞に値するであらうと思はれた。 文学賞などといふものをさう厳密に考へなくてもよささうであるが、私の望むところは、芥川賞の性格をもうすこしはつきりさせて、なるだけ無理のない結果が得られるやうにしたいものだと思ふ。この賞も創作としての戯曲を除外してあるわけではないのに、一度も選にはいらぬといふのも片手落の感があり、今度も、例へば福田恆存の「キティ颱風」のやうな秀作が予選の中にさへ数へられてゐないことを私は指摘したい。 私は、結論として、ともかくも「夏草」(前田純敬)を第一に推すことにした。 私流に考へて、芥川賞ならこの作品に、といふぐらゐな意味においてであつた。幼々しい感動があり、健康な意欲も目立ち、可なり確かな眼で現象も捉へられてゐる。主人公たる少年のうちに生きてゐる作者のすがたには、とくに、銘記すべき一つの時代を暗示するものとして、私は心をうたれた。多少冗漫な個所もなくはないし甘いといへば甘いところがあるにはある。しかし、それらをひつくるめて、やはり新鮮で美しい物語になつてゐる。「闘牛」(井上靖)は、わが国では珍しい、既に成熟を感じさせる、一個の文学的才能の所産である。常識に富んだ、余情ある巧みな作品がどしどし書ける作家の手腕を示してゐる。現代小説の新しい一つの領域は、かういふ感覚によつて拓かれるともいへるであらう。衆目の見るところ、入賞作として、これも、当を得たものである。私も敢て反対する気持はない。 その他、「還らざる旅路」(那須国男)では徹底した超国境性に、「日本の牙」(池山広)では、苛烈な国籍不明の反日感情に、「天命」(真鍋呉夫)では多彩なロマンチシズムに、「ロッダム号の船長」(竹之内静雄)では粘り強い描写力にそれぞれ非常に興味をひかれた。

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